2011年11月01日

ポタージュスープという言葉

関ヶ原の戦いが西暦1600年に起こったことは誰でも知っていますが、それを実際に見た人は今いません。それでも誰もが自分の知識としてこのことを語れるのは書物などによる多くの情報に接しているからであり、それだけ皆が言うのだから間違いなかろうということで「事実」として吸収されるわけです。ですから、それほど多くの情報に接していない場合はまだ自分の知識として他人に伝えるだけの“強さ”はないわけで、「〜ということらしい」「〜と書いてあった」というような表現にとどめるべきです。「無知の知」という言葉が私は好きですね。

前置きが長くなりましたが、マスコミ始め巷の料理名や商品名で大変多く見受けられるのが「ポタージュスープ」という表記です。日本ではスープが総称で澄んだものをコンソメ、とろみが付いたものをポタージュと呼ぶことが一般化していますが、ポタージュとはもともと日本で言うスープの意味で、総称です。これは自分の知識として断言できます。

それでもフランスにはポタージュとスープという両方の表記があります。その違いについて私が接した情報によると、もともとは硬いパンを煮汁に浸して軟らかくしたそのパン自体を、転じてその煮汁を指すようになったのがスープという言葉のようです。やがて中世の貴族社会で庶民の食べるスープと差別化したものをポタージュと呼ぶようになり(語源は鍋を表すポから)、それが総称となったようです。

ふと考えてみると、フランス料理でスープと名の付くものはオニオングラタンスープ(もちろんこれは英語でフランス語表記は別)とスープ・ドゥ・ポワソン(魚のスープ)くらいしか一般に目にしません。いずれも原価が安くて手間のかかるビストロ料理であり、高級レストランではまず見ないような一品です。ほかにはスープ・ピストゥーやスープ・ペイザンヌといったものがありますが、なるほどいずれも家庭料理のような一品です。

もちろん日本では独自の言葉遣いがあっていいではないかという向きは否定しません。日本国内でも地方によって料理の名前が一般的な言葉遣いとはかなり違うということがありますから、それはそれでいいのです。気を付けなければいけないのは、もともとの意味を知らないで日本での言葉遣いが正しい、あるいはすべてであるといった傲慢さです。例えば、現地に行ってpotageという表記のある料理を頼んだのにスープにとろみが付いていなかった、あそこの店はまがい物を出すなどといったとんだお門違いです。

スープ屋としては日頃どうしても気になる一件でした。
posted by bourbon_ueda at 00:00 | Comment(0) | 食をめぐる報道
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